 2291「枯れた芸」を目指そうと決意したところだったが・・・
 三味線の演奏に夢中だったことがある。長唄三味線である。独学では伸びしろがないと悟り、図書館にあった”長唄名鑑”という名簿で師匠を探した。二十歳の頃だ。当時からこのジャンルのレコードを聴き込んでいたので、好みの流派を絞り芸歴と顔写真を頼りに選んだ。とエラそうに書いているが青二才には緊張しかなかった。若気の至りで失礼な態度であったことしか思い浮かばないが、数年間は必死に練習をかさねた。
それから45年の歳月がながれ、再び三味線を復活させたいと思った。
先日、皮の張り替えが仕上がり、恐る恐る弾いてみた。力みがなくなった分、いい演奏が出来そうな予感もあったが、まず手が動かない!まぁ老後の楽しみでもいいけれど何かしら成長、あるいは円熟の境地を目指したいものだ。
などと書いていると、つい先ほどその師匠から電話がかかってきた。人間国宝、芸術院会員といった邦楽界の頂点に登りつめた巨匠であるが、満足な演奏が出来なくなったと先年舞台から退いた。わたしが再び三味線を始めたと伝えたら、受話器の向こうの嬉しそうな気配とともに「枯れた芸」なんていうがあれは嘘だねぇ、とアイロニックな物言いは昔と同じだ。来月ご自宅へ訪問することになった。みえない糸で繋がっていたことが嬉しい。 |