821 メカニカル・パラドックス レコードプレイヤーの真実(04/13改訂)
 初期のステレオサウンド誌で、レコードプレイヤーのオーバーオールの再現波形を比較する特集があった。レコードのある特定部分を再生すると、機種ごとに得られる波形が見事に異なっていて驚いたものだ。平面的な波形現象だけで音の真実を語れるとは思わないけれど、その次元で変質してしまっては、その先が思いやられる。
プレイヤーシステムトータルの音質の差異をきちんと指摘したのは、このステレオサウンドの特集が初めてだったのではないだろうか。ただ、何故に変わるのかという部分までは残念ながら解明しきれていなかった。そこまでエンドユーザーである読者に知らしめる意味はないとの判断なのか・・・
実際のところ、1965年ごろはレコードプレイヤーの音質はカートリッジで決まるというのが暗黙の了解だった。だから、雑誌もプレイヤー本体の音の違いというものを真剣に取り上げることはなかった。 あるとき、シュアーのV-15を聴かせてもらいに秋葉原のテレビ音響(テレオン)を訪れたら、アームがダメだとV-15の良さは解らんと当時の鈴木社長に諭された。それでもキャビネットのことまでは言ってなかった(笑)
・ レコードプレイヤーは振動的な循環系なので、スタイラスの動きをロスなく取り出すための定石というのものが存在する。過去のオーディオ専門家のプレイヤー解説は各論、枝葉の蘊蓄ばかりで、基本構造に切り込む論評は少なかったように思う。唯一、機械的な構造を鋭くついた故井上卓也氏の記述がいまも記憶に残っている。
上の図版を説明をすると、ディスク盤が乗せられたターンテーブルの回転は直流エネルギーであり、ディスクの音溝の変化を波形信号として成立させるためのエネルギー源である。パワーアンプの電源とまったく同じであり、ターンテーブルの回転が強くかつ滑らかでなければならない理由はまさにそこにある。しかし、モーターの脈動を帳消しにするほどの慣性モーメントを得るには、巨大な質量のターンテーブルが必要になる。このプラッターは上の図のように、振動(機械)循環の輪の中にあるから、その物性に由来する音(振動)は音楽信号に重畳される。
カンチレバー支持部から、ターンテーブル軸受けまではリジットなサーキットである(図3)。この部分に緩さがあると音溝の微細な変化を細大漏らさずに取り出すことは不可能だ。この回路は可能なかぎり短く、軽質量・無振動で完結することが望ましい。なぜなら、巨大マスの超低域変動は音楽信号に不要なバイアスを掛けることになり、また、長い経路を伝わり反射する振動は楽音に位相変調を加えるからだ。これらは余計な滲みや付帯音であったり、あるべき微細信号の消失となって現れる。巨大ターンテーブルも重量級キャビネットも両刃の剣なのだ。ここの判断が難しい。過去の日本製重厚プレイヤーははたして良い音だったかどうか・・・巨大な質量に向かってベタアースという手法で、はたして良かったのか。その点、LINN LP12のいっけん頼りなげなフローティングは、先に述べた循環経路をコンパクトに集約した構造そのものを大地に対して浮かせるという、見るほどに良くできたデザインだと思う。
・ CDの時代を経て、個人的にアナログディスクに求めているのは、CDを超えるクオリティ、とくに微小レベルのニュアンスの実現だ。回転ムラもノイズもないCDというリファレンスがあるから、アナログプレイヤーのチューニングは昔より楽になったと思う。しかし、この機械仕掛けは考えるほどに複雑困難な宿命を背負っている。重さと軽さの拮抗というか、静止と移動のせめぎ合いというべきか・・・結局、いい音のプレイヤーというものはバランスセンスということになるし、アナログディスクの進化はじつははこれからではないかと、密かに思っている。
(暫定テキストです。今後、変更の可能性あり) |