1715 遅い夏休みから「ある人生」
 中学3年の担任は我々の卒業と同時に、教職を退いて僧侶の道へ進んだ。 その少し後、彼は連れ添っていた美しい妻と別れ、教え子と再婚したのだった。 如何なる葛藤があったのか、うかがい知ることは出来なかったが、 そういう生き方があるということを知ったのは大きな収穫だった(笑) 彼は現代国語が専門で、じつは私の作文を褒めてくれた唯一の師でもある。
あれから、四十数年。 私と妻は遅い夏休みをとって、とある温泉地に向っていた。 蓼科→小諸→軽井沢→高崎→伊香保 というポリシーのない道中だ。
北関東の山麓にあるという、彼が住職を務める寺の存在はおぼろげに知っていたが 目の前に、記憶の片隅にあった名前と似た寺院が現れ、ざわめき感に襲われた。 そのときは心の準備ができずに行きすぎたのだが、 一晩考えて、この寺院を訪れることにした。昨日のことである。
「つかぬことをお聞きしますが、こちらの住職さまは○○さまでしょうか?」 「いえ、○○さんは、一文字違いの△△寺の方で、ここからクルマで10分ほどです。」 というわけで、教えていただいた寺院名をカーナビにセットして当地へ向かった。
玄関口に現れた奥さまと思われる方に挨拶をした。
たぶん、この方が件の女性で、考えてみれば私のちょっと先輩の同窓生にあたる。 いま、参りますのでこちらへという次第で本堂へ案内された。 それは小さく質素であったが、地域に根ざしたような暖かく優しい質感に包まれていた。
「やぁ、しばらくだったねぇ!」と、さすが現役の住職だ。張りのある発声で迎えてくれた。
ことし80歳になられたそうで、今日はお孫さんの子守を頼まれているとか。 突然の訪問なので、ほんの少しの会話でその場を辞したが 再会を約束して、握手をして分かれた。 その手の温もりから、平穏で幸せな日々が伝わってきたような気がした。 |