812 極私的、道元プロジェクト その1
 いまの宗教にはほとんど興味をそそられない。全体としてみれば、過去に完成したルールに則ったサービス産業にしか見えないからだ。人間のメンタルな部分を扱うだけに悪質な場合がある。 道元の時代(1200-1253年)に宗教はどんな位置づけだったのか、とても興味を持っている。知のR&Dが寺院であり、僧侶は研究者でもあったと思う。とくに道元は、精神や物質の存在するところの"構造"を探求した稀な人間だったのではないか?
というわけで、未知の分野に触れようと思ったとき、何処から入るかは運命の分かれ道とは言えないまでも、けっこう重要だ。「正法眼蔵」を原文で理解するチカラは当然ないから、なんらかのガイドが必要になる。いい加減なものから入って、回り道を喰らった体験を過去に多くもっているからつい慎重になる。まずは書店と図書館の書棚から、これはと思うものを斜め立ち読みした。
文学系の著名人が書くような"道元ノート"には拒絶反応がでた。あんたのフィルターが邪魔だって。とかく自分を出したがる表現者(?)の道元論には興味がない。
日本の名僧シリーズ(吉川弘文館刊)「孤高の禅師 道元」は、9人の多方面からの執筆者による解説本で、「正法眼蔵」の中身にはそれほど踏み込まないが、道元の全体像を知るには格好のガイドになった。
正法眼蔵本体では、現代思潮社の社主である石井恭二氏の「正法眼蔵の世界」全5巻(河出書房新社刊)が現在入手できるものとしてはいちばん気になっている。原文+注釈+現代語訳のバランスもいいし、石井氏の真摯な姿勢に好感を持った。一冊5500円なのでこれは後回しにして、同じ執筆者の「正法眼蔵覚え書」(現代思潮新社刊)を読んでいるところだ。ほかに哲学として正法眼蔵にアプローチしているものが多数ある。頼住光子氏の「哲学のエッセンス 道元」(NHK出版)をこの週末に読んでみようと思っている。 |