878 三遊亭円朝「真景累ヶ淵」(改訂)
 中田秀夫監督の最新作「怪談」を見たら、原作を読みたくなり図書館で岩波文庫版を借りてきた。
円朝の原作とはいえ、ご自身の高座の速記本であって小説ではない。「宗悦殺し」「深見新五郎」「豊志賀の死」「お久殺し」「お累の婚礼」「勘蔵の死」「お累の自害」「聖天山(しょうてんやま)」などの各段を単独で高座にかけていたのだから、読むほうにもそれなりの配慮がないと緩慢に感じたり、流れが途切れたりする印象を持つだろう。
真景は"神経"に通じると冒頭のまくらで円朝自身が語っているように、中世・近世の怪談とは趣が違う。円朝は明治33年に62歳で没したから、江戸と明治を跨ぐ、いわば和に洋が浸食していく時代背景のなかで芸を育んだ人だ。理性というものがコアにあるから、荒唐無稽なストーリーが「因縁による幻視」というキーワードで見事に繋がる。
そういう意味で、映画「怪談」は黒木瞳演じる豊志賀とその周辺を描くことで大半を使い切ってしまうが、巧く綺麗に映像化したものだと思う。願わくば、綺麗さを抑えて、澱のような猥雑な堆積を感じさせればさらに怖い作品になったと思うが・・・
・ 落語はそれこそ小学生のころから好きで寄席へも通ったが、高座でこの演目を聴いたことはなかった。昭和の名人三遊亭圓生の「圓生百席」では真景累ヶ淵だけでCD8枚にも渡る大作であるが、それでも完全版ではない。1枚50分として6.67時間。こんなものが通しで高座にかかることはまずあり得ないし、相応しい噺家が現存するのかどうか・・・。ちなみに岩波文庫版の見開き2ページをそれらしく朗読してみたところ、平均150秒。計算するとトータル9.5時間になりそうだ(笑)
虚構を全面に出しながら、演じる中身はリアルという意味で、落語というものは写真にもオーディオにも通じるのだと、あらためて思った。 |