MJ97/01マイリスニングルーム


音楽レパートリーはモダンジャズと伝統的な三味線音楽が中心で、その周辺にクラシックから演歌まであらゆるジャンル(ヘビメタ系ロックとイージーリスニングは除かせていただきますが)を含んでいます。

オーディオは究極的には聴き手の音楽イメージを喚起してくれれば、なんでも良いという想いが片方にあり、ロジャースのLS3/5A Proを長年メインスピーカとして愛用してきました。楽音の中低域をしっかり表現しながら弱音方向のグラデーションが美しいといった利点が、音圧の取れないハンデを補っています。
アンプはクレル社初期の傑作KSA-50を使用、LS3/5Aとは思えぬような粘りのある音を出していましたが、管球式のシングルアンプで鳴らしたくなり、当時刊行された渡辺直樹氏の[ウエスタンエレクトリック研究]を参考に350Aシングルステレオアンプを自作することになります。

準備と制作でほぼ1年、パーツやアース処理で森川忠勇氏から助言を頂いたりといった事もあって、無事に完成。低域の制動力では不満が残りましたが、うぶ毛のような微細な表情の変化を伝える能力はクレル以上と実感。このアンプをもって94年の自作アンプコンテストに参加という暴挙に出てしまいます。成績は芳しいものではなかったものの、ヒアリング会場でしっかり音楽を奏でていて、なにか目頭が熱くなったものでした。なにせ、初めて製作したアンプですので自己満足に終わらせない為にも、客観的な耳でベテラン諸氏の作品の中で聴けたのは、有意義な体験でした。



その後350AシングルとLS3/5Aの蜜月は続き、音楽に集中する日々が過ぎていきます。この状態って本当は一番幸福な時なのですが…、気がついてみるとJAZZをあまり聴かなくなっている、聴いてもスタン・ゲッツとかジョージ・シアリングばかり。最初に触れた「音楽イメージ」の喚起ということで言えば、黒っぽいJAZZに関しての喚起力があきらかに弱いということです。

スピーカの表現能力のひとつにスケール再現力というのがあると思うんですが、LS3/5AやクオードESLのように小音量領域にダイナミックレンジを拡げたシステムでは、音場を遠方に展開することで、見かけ上のスケールを獲得しています。遠くのものは音も小さいという訳です。実際、LS3/5Aのスケール再現力は非常に高く、教会の大聖堂の広大な空間を再現します。しかしJAZZにしても義太夫にしても、プレイヤーのエモーションを感じたければ、出来るだけ近くで聴きたいと誰でも思うはずです。原音と同音量とは言わないまでも、せめてイメージを喚起してくれる音量が欲しい…、ということから新たなスピーカシステムへの模索が始まりました。

とりあえず、アンプの能力を見極めるため、秘蔵していたフィリップスの9710M/01(これは20年以上前に中古で購入しBOXを3回ほど作り替えて聴いていたもので、公称98db/Wのフルレンジユニットです)を後面解放箱にセットして音出しすると、思いのほか太くて濃いサウンドです。グラント・グリーンやクラウディオ・アラウが濃厚な色彩感で迫ってきます。しかしダブルコーンゆえの指向性の鋭さ、後面解放ゆえのスタンディングウエーブの顕在化など気にしつつ、気持ちは現アンプであの「アルテック」を鳴らすという方向へ傾いて行きます。



アルテックで思い出すのは、'70年代前半の吉祥寺Funky、このページでいろいろな方がこのジャズ喫茶に触れられていますが、ここの2階がA7-500でした。アンプはマッキントッシュのC-22+MC-275、ニーナ・シモンは絶品でした。ちなみに1階はJBLの130A+LE85を壁バッフルで使用、地下はタンノイモニター15で後になって、あの「パラゴン」になったのです。学生だったぼくは授業の後、1日おきくらいに階を替えて通っていました。いま考えると随分啓蒙的なお店でした。

ところでA7が欲しいと思っても、あの大きさと仕上げでは妻のOKが出ない。それではと604系でジェンセンのウルトラフレックス式BOXを自作しようと設計はしたものの、"B"とか"C"のフィックスド・エッヂのものを探すと、これが非常に高価!これなら同じアルテックのウーファーと500Hzで使えるドライバーとホーンを買っても、まだおつりが来る、という訳でA7より小さくて、低音が締まってて…と、またまた無謀な計画がスタートしました。

[ラフトクラフト]というBOXやホーンを扱っている会社をご存じかと思いますが、カタログを見ていると15インチウーファー用のフロントロードホーンに目が止まりました。ユニットが収まるチャンバーの周囲2辺をスロート状の音道が通り、開口部が650×450ミリ位でしょうか。データによるとかなり低域までレスポンスが有ります。すぐに連想したのは「パラゴン」の断面図で、これは500Hzクロスで使用しているので、アルテックの2Wayでも行けるんじゃないかと思いました。30分後には511Bホーンを組み合わせた2Wayオールホーンシステムの第1次ラフスケッチが完成、次にパラゴンの断面図からチャンバーの容量や、スロートのサイズなど測量?させていただき、後日の設計の参考にしました。

部屋の制約から最大サイズが決まっていますので、設計は困難を極め、最終図面までには、おそらく100種位の図面を描きました。ただ、ぼく自身は図面描きが大好きで350Aシングルの時もレイアウト図や結線図を多量に描いたものです。自作で一番楽しいのは、アイデアと製作図面までで、実際の製作は本当の事をいうと苦手です。まず道具がない、仕上がり具合は道具にかなり左右されますが、その為のツールを揃えるのはコスト的に出来ない、なによりスピーカの場合、まったく同じものを2つ作るというのが苦痛以外の何物でもありません。
それはともかく、今回は板材の切断にかなりの精度が要求されますので、前出のラフトクラフトに依頼しました。断面角度52度なんていう面倒な加工をやって頂き、あらためてお礼を申しあげます。組立は下手な職人(ぼくのこと)に完璧を求めたため、原寸!図面と詳細な作業手順書を作っています。特にチャンバーは強靭であることと見えるところにネジ類を使用しないという条件で、内部から締め上げて組み立てる構造を考えました。

組立作業は、毎週土日の早朝から午前10時までとし、妻子の反発をしのぎました。オーディオ道楽で家族との時間を犠牲にしないよう、MJ愛読の全国のおとうさん!がんばりましょう。

完成後、とりあえずネットワークを計算値どおりとし音出しをしますが、まったく冴えません。スペック上では、ウーファーとドライバーの音圧差は6dBの筈なのにもっとずっと大きい。ドライバーは10dB位絞らないとバランスしない。低音もモコモコでホーンロード云々の次元じゃない。まあ最初から理想の音が出るとはハナから思っちゃいないけど、これからのながーい道のりを予感させるシーンでした。

調整は限られた音楽プログラムを用い聴感だけで行いました。この3か月の悪戦苦闘の詳細はあえて省略しますが、当初考えていた350Aシングルでシンプルに構成するプランを断念し。低域をソリッドステート化した、バイ-アンプ方式となりました。また120〜200Hzあたりのピークを抑えるため残念ながらグラフィックイコライザーを挿入しています。
これは言い訳ですが、パラゴンの純正アンプであるSE-401にも専用イコライザーが内蔵されていました。この詳細が電波科学1966年の臨時増刊号に故岩崎千明氏の解説で掲載されていますが、この部分はFunkyがパラゴンを導入した当時、オーナーの野口氏に切り抜いて差し上げてしまいました。氏はこの回路図でイコライザーを制作し、アンプはマランツだったと思いますが、低域が随分とクリアーになった記憶があります。JBLもショートホーンの低域には苦労していたのでしょうか。



現在、ぼくのリスニングルームは最初の安定期に入っています。この状態が何週間続くか、あるいは何年(それは無理だ!)続くかはわかりませんが、週末には音楽好きの友人達を呼んでの鑑賞会に浸っています。もちろん究極のシステムとは程遠いものですし、早速なんとかしたい部分も多々ありますが、このラインアップが想像以上の仕事をしてくれることに驚いているのも事実です。

オーディオマニアは音楽を聴かないで音だけ聴いている…とか、スピーカが得意なジャンルしか聴かない…とか言われます。ぼく自身もそのとおりの事をしています。むしろ、音楽だけにのめり込みたいという片方の想いと、オーディオそのものへの興味という、2つの極のシーソーの揺れ具合を本当は楽しんでいるのかもしれません。(まちだひでお / グラフィックデザイナー)



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