幻聴日記からの9章

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Photo & Text: m a c h i n i s t


Cosmic on Bach
高校のころまで、クラシック音楽といえばバッハ以外に好きな作曲家はいなかった。音だけで勝負していると幼心に思ったからだ(笑) 年を経てフランス近代に惹かれ、ロマン派も視野に入り、ついにはマーラーにまで魅せられるようになってしまったのは、たぶん余計と思っていたものの価値が少しは分かるようになったからかもしれない。
バッハからはやや遠ざかっていた昨今ではあったが、このところバッハばかり聴いている。発端はクラウディオ・アラウの晩年のレコーディングであるPartita1, 2, 3, 5番を収めたPHILIPSのCDだ。この時期に収録されたシューベルトの何枚かのCDにいたく感動したので、ついでに求めてみた。残りの4, 6番は収録が予定されていたが、その月に亡くなってしまった。88歳だったそうだが、べつに年齢がどうという意味ではなく、こんなバッハを聴いたのは初めてだった。あるひとつの音がその近傍というか過去・現在・未来のつながりを提示していると思った。
サウンドを極限まで分化する方向で進んできた20世紀後半のピアノスタイルへの、アラウのメッセージだったのかもしれないが、厳粛でありながら自然で例えようもなく優しい彼の音楽に包まれると、そんなことはどうでも良くなった。

ジャック・ルーシェ、オイゲン・キケロからジョン・ルイスに至るまで、バッハを取り上げたジャズピアニストは多い。しかし、糖衣に包つまれたバッハは行けてない。アラウは安らぎのなかに滋味にまで昇華された「厳しさ」を内包しているからこそバッハ足り得ている。ジョン・ルイスの何年にも渡る成果は否定されることはないし、一時はかなり聴き込んだつもりだが、バッハの衣を借りたルイスの音楽表現だったと今は思う。幻聴日記308で触れたThe Amazing Bud Powell Vol.3の「BUD on BACH」は唯一バッハのエッセンスが吹き込められたJAZZではないだろうか。奔放ではあってもバッハ以外のなにものでもない。
そういえばサックス奏者はバッハを演奏しないのかしら。ヤン・ガルバレクやディーブ・リーブマンがどうバッハ捉えているのか、聴いてみたい。

バッハの厳しさを十全に表現した例として、ムジカ・アンティクヮ・ケルンのオリジナル楽器による「音楽の捧げもの」(ARCHIV)がある。
この3枚組CDは、BWV1079の巻のみが1979年のADDアナログ録音で、残りのBWV1080とカノンは1984年DDDのデジタル録音という面白い構成になっている。音は当然ながら異なり、溶け合い方と余韻の表現はアナログ収録のほうが勝っているように聞こえる。ただデジタルの方が毅然とした佇まいと個々の楽器の響きの独立性を感じて、彼らの意図したものはこちらかもしれないと思った。この演奏ほど余分なものを剥ぎ取り、無垢の厳しいバッハを明らかにしたケースは他にあるだろうか。

一般的な話しではあるが、演奏においてサウンドを総体としてではなく発音体個々に分化していく表現作法は、オーディオ技術の歩みにもリンクして興味深い。70年代のステレオサウンド誌上で、黒田恭一氏へ瀬川冬樹氏が面白いことを問いかけた。「オーディオ機器の進化で分析的な表現が得意になってきたが、演奏面でもこのような変化はあるのか」というような内容だった。黒田氏は、そんなことはないだろうと答えていたけれど・・・

最高のバッハ演奏の記録はなにかという設問の個人的な結論は、ブッシュ+ゼルキン1929年の演奏で「パルティータ2番」と「ソナタ6番」ということになる。ブッシュ30代の記録である。バド・パウエルが黒に沈む激情のバッハであるとすれば、こちらは密やかな静寂と白に溶け込む気品を醸し出している。
オリジナルはSP盤ではあるが、復刻CDでいまでも聴くことができる。この演奏を聴けばどこがいいのかというような分析的な耳は閉じられるだろう。無垢で密やかな語り口にこころを開くしか術はないと。・・・なんかタスキのコピーみたいになってしまった。ちなみにこのPearlレーベルのCDはSP盤からダイレクトにデジタルリマスタリングされているようで、SP盤の密度感・鮮度感を美味く伝えている。


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