幻聴日記
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024 MILANO1979 I ラ・スカラ 特別の日

25年前の1月9日、われわれはミラノにいた。ウエディングを1か月後にひかえた婚前旅行だ。ヴィットリオ・エマニュエル通りの一つ星ホテル、ロビーでみたポスターはスカラ座200周年記念公演の告知だった。1月9日20時30分開演とある。1日限りのスペシャルプログラムは、CLAUDIO ABBADO指揮の「SIMON BOCCANEGRA」。シモンがPIERO CAPPUCCILLI、 フィエスコNICOLAI GHIAUROV、そしてマリアはKIRI TE KANAWA。なんという巡り合わせ!と喜ぶのも束の間、もう全部売り切れているよ、とフロントのイタリア人が笑う。そりゃそうだよねえ。
その晩、雪の降りしきるスカラ座の正面玄関で淡い期待とともに待機するが、ダフ屋の気配もない。頻繁にリムジンが横付けになり、毛皮のカップルが続々集合する。あきらめ気分のついでにロビーの雰囲気を感じに中へ入る。まさに上流社会のまばゆい輝き、ビスコンティの映画そのもの。
開演間近、後ろ髪をひかれながら雪の積もった舗道へ出ると、建物左側で人の動く気配。なにかと見れば4-5階席専用通路で並んでいる「普通」の人々はないか。歌舞伎座と同じ仕組みにちょっと笑った。階段のうらぶれた雰囲気もそっくり。(つづく)
写真:雪のドウォーモ広場 (OLYMPUS OM-1, Zuiko35mmF2.8)
2004/03/30


023 通り過ぎるゼロと無のゼロは、はたして同じか? その1

相対性理論と量子力学の統合というべきか、両者の相いれない矛盾を取り繕ったと噂の「ストリング理論」ではありますが、私にはイメージの断片さえ湧かない。11次元世界で打ち震えるストリングって一体なんだ。物理学は真理を記述するもの、という期待は間違いかもしれないと思った。測定さえ出来ない事象をもちいて数式として完結する世界。現世には現れないのに、存在する事象というものがあり得るのか。あるいは「真理」そのものが幾通りもあるってことか。もう少し考えてみよう、とはいうものの・・・(不定期でつづきます)
(PENTAX*istD SIGMA 18-50mm/f3.5-5.6DC)
2004/03/29


022 究極豚饅の行列に並んだ、食べた。

みなとみらい線が開通して、中華街の元気が復活しているみたいです。豚まんで人気の「雅秀殿」、長ーい行列には中国人も加わっていました。胡麻油の香り高き「具」の出来具合いもたいへん結構なものだけど「皮」がなんとも旨いのだ。具がなくなって最後の一口が皮だけになったとしても、幸せ度が下がらないところが凄い。
(PENTAX*istD SIGMA 18-50mm/f3.5-5.6DC)
2004/03/27


021 疾走する演奏者の時間軸を聴き手の意識が・・・

例えば、スピードスケートを撮影するレール移動のTVカメラ。対象物と共に移動することで詳細な変化を観測している。
人間の「聴感」も同じではないか。けして固定されたスリットをとおして音が過ぎ去っていくのを観測するのではないと思う。聴感の最小ユニットは、音を感知する瞬間の前後に過去記憶、未来推測が連なった状態で形成されていて、そのような一種「滲み」を持つ中心点が時間軸上を推移しているのではないかってね。
・・・理屈っぽい話しですまぬ。次回は「ミラノの奇跡」全5話です。
(PENTAX*istD FA Macro 50mm F2.8)
2004/03/26


020 機・械・愛・・・PRIMO-JR

はじめて使ったカメラがこれだったらカッコいいけれど、じつは母が使っていた。東京光学(トプコン)のプリモJRという二眼レフ。半世紀近い歳月を経て、いまここにある。この写真では判りにくいが、幅6センチ高さ12センチ弱のキュートなボディはいま眺めても魅力的。ベスト判と呼ばれる1コマが40×40ミリで写るロールフィルムを装着する。プログラム露出を容易にアレンジする、シャッターダイヤル連動のEV値的プリセットが面白い。
で、ほぼ同じ時期に「コニカ・スナップ」というレンズシャッター式35ミリカメラを親に買ってもらった。マイ・ファースト・カメラだ。フィルムチャージが2回巻き上げ式で、ちょっとダサイなぁと思ったものだ。・・・LEICAの傑作M3の初期型が2回巻き上げだと知っていれば、逆の思いだったのに(笑)。
(PENTAX*istD FA Macro 50mm F2.8)
2004/03/25


019 真夜中の女歌手 BARBARA III

1958-64年の間、バルバラはレクリューズというセーヌ左岸のキャバレーで歌っていた。59年、まだ無名に近かったころのライブ録音がフランスEMIから「barbara La chanteuse de minuit」というタイトルでCD化されている。「わたし自身のシャンソン」でその存在を世界的に認知されるのが65年。ということは、このレクリューズの客に聴かせることで自身の音楽を育んだといえるかもしれない。レクリューズでの彼女の出番は深夜の12時と決まっていたそうで、それが「真夜中の女歌手」と呼ばれる所以だ。
全曲自作でピアノ弾き唄い。歌も後年に聴かれる表現のダイナミズムを予感させるし、自身のピアノも歌と拮抗するパワーを秘めている。このCD、惜しむらくは観客のまばらな拍手を消し去っていること。この時ここに居た、いま思えば「夢の体験」をした数少ない聴き手の気配も、実は感じたかった。
写真:稲毛CANDYにて (PENTAX*istD smcA 50mm F1.4)
2004/03/24




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